最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)1063号 判決 1963年12月27日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人菊地一民の上告理由第一点について。
本件記録によれば、上告人が全部敗訴の第一審判決に対し控訴を申し立てた後である昭和三四年九月一〇日、被上告人は、附帯控訴を提起し、第一審判決において認容された金員請求を拡張し、上告人に対し、三三万、二二五円の金員の支払を求めたが、その後、昭和三五年九月七日第一一回口頭弁論期日において、被上告人は、上告人の同意を得て、「昭和三四年九月一〇日付附帯控訴状は取り下げる」旨陳述するとともに、昭和三五年九月七日付請求の趣旨訂正申立書に基づいて四一万五、一〇一円の支払を求める旨陳述し、さらにその後二回にわたり請求の趣旨を訂正し、最終的には四三万二、五二二円の金員の支払を求めたこと、右金員請求はいずれも生糸引渡の執行不能の場合の代償請求を求めるものであることは前後を通じ変らず、上叙請求の趣旨の訂正は生糸の相場の変動に伴つて請求を拡張するためなされたものであることおよび右請求趣旨の訂正申立に対し上告人はいずれも異議がない旨陳述したことを認めることができる。
しかして、被上告人がいつたん附帯控訴を取り下げた後にした前記一連の請求の拡張は、実質的にみて、なお附帯控訴にほかならないと解せられ、その方式においても、民訴三七四条、三六七条に反するところがないことは記録上明らかであり、しかも、附帯控訴は、いつたん取り下げても、口頭弁論の終結にいたるまでは、ふたたびこれを申し立てることを妨げないと解すべきであるから、右請求の拡張を許されないものとする所論は採用できない。
同第二点について。
原審の証拠関係に照らせば、被上告人は上告人が成年に達した後、しばしば直接上告人に対し本件生糸の返還を催告し、これに対し、上告人は、右生糸返還債務が亡父渡辺祐治郎の生前、しかも昭和七年に発生したものであることを知りながら、すくなくとも、昭和二六年七月頃、同年一二月下旬頃、昭和二七年二月頃および昭和三〇年一月頃の四回にわたり、それぞれ被上告人に対し本件生糸の返還方を約するとともにその履行の延期方を求めた旨および当時上告人は本件生糸返還債務についてすでに消滅時効が完成しているものであることを知りながらこれを承認した旨の原審の認定は、いずれも首肯できなくはない。所論は縷々論述するが、畢竟、証拠の取捨判断ならびに事実の認定に関する原審の専権行使を非難するものであつて、採用できない。
同第三点について。
(一)について。原判決は所論冒頭摘録のごとく本件請求を権利の濫用と認めるべき証拠はないと判示したのである。所論は理由そご、理由不備をいうが、実は、原審の認定しない事実に立脚し、独自の見解に立つて、原審の前記判断を非難するにすぎず、その前提を欠き、採用に値しない。
(二)について。原審口頭弁論終結当時の本件生糸の横浜における原判示価格が論旨にいわゆる市場価格であつて横浜駅における価額でないとの点は原判文から看取できないところであるのみならず、原審における争点となつた形迹も窺われないから、かかる事実に基づいて原判決に所論の違法があるとする所論は採用できない。
同第四点について。
所論は原審の認定しない事実を援き、原審において主張判断を経ていない信義則違反の観点から原判決に所論の違法があるというものであり、採用できない。
よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)